2018年明けて半月。

2018年1月15日 17時44分 | カテゴリー: 活動報告

今日は小豆粥、ひゃー!!作り忘れ、したがって食べてません。反則かも、ですが、夜に滑り込みかけます!

東京ネットの子ども部会では、「子どもの命を守る連続講座」を行いました。第1回12月22日に「思いがけない妊娠の現状」をにんしんSOS東京代表理事で助産師の中島かおりさんに、第2回1月10日に「特別養子縁組制度にまつわるお話」を元愛知県児童相談所職員で児童福祉司の矢満田篤二さんに、熱のこもったお話しを聴かせて頂きました。日常とは少し遠い世界のこと、ぼんやりと実態には触れないで過ごしてきた、関心をもつこともしなかった自分を知らされました。とはいえ世の中に起こるすべてに関わることはできないのも事実。このような問題に早くから全身全霊で取り組んでいる心ある人たちと出会えたことに感謝します。

矢満田篤二さんは、まず、生みの親との縁が薄い子どもの命を救ってきた日本の先駆者として明治39年の東北大飢饉に1200人もの孤児を岡山や宮崎に移住させ養子縁組し里親のもとで自立させた石井十次さんや昭和50年代に石巻市で活躍した菊田昇医師を紹介しました。乳児院は魂の殺人。環境的な暴力だと2007年に国際児童虐待防止協会の警告を受けているのにもかかわらず、日本ではいまでも圧倒的多数の要保護された乳児が里親といった家庭ではなく乳児院に預けられているのが現状。愛知方式の赤ちゃん縁組は妊娠中から養子縁組の準備をし、育ての親が生まれてくる子の名前をつけるそうです。授かったわが子と同じ、性別や障害の有無などは問うことはできない等、子どもの最善の利益を重視しています。育てやすいといった理由で女の子が養子になる率が高かったとか。これでは子どものためではなく、子どもが商品のようだと矢満田さん。また、赤ちゃんを望む人は赤ちゃんの倍いるとのこと。知らない、知らされていない多くの事実。そこには不妊治療に耐えている夫婦の存在もあります。社会の中で表に出にくい問題だけに深刻で相談する場も少ないのが現状です。

特別養子縁組が日本で30年の取り組まれてきたことを知ってもらい、特別養子縁組とは何かということを広めて、赤ちゃんポストの熊本や愛知だけではなく、東京で歩みを進めたいと思いました。