「憲法解釈を変更」が意味すること

2014年7月10日 21時04分 | カテゴリー: 活動報告

2014年7月1日。歴史に汚点を残した。安倍内閣は臨時閣議で他国を武力で守る集団的自衛権の行使を認める憲法の新たな解釈を決定しました。戦後69年目の悲劇。平和憲法を捨て、人を殺す、殺されることを『あり」とする国に大きく変貌しました。改憲には民意への問いかけもなく、「万全の備えをすることが抑止力。戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていく」と安倍総理は記者会見で強調したその言葉を誰が信じるのだろうか。憲法という正当な理由を失ってアメリカの参戦要求を拒めるのか、どのように日本は戦争に加わらないことを示すのか。

視聴率の高い朝ドラ「花子とアン」「ごちそうさん」は明治、大正、昭和の時代に生きる市井の人々を描いています。一番、しみじみ感じるのが戦争のない大正時代には外国の文化をたくさん取り入れ、食生活も豊かで市民が安心して希望を持って暮らしていたこと。1940年、国民精神総動員中央連盟が発表した有名なスローガン『贅沢は敵だ』を「素」を加えて『贅沢は素敵だ』という落書きがあったとか、『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ』の立て札には工夫の「工」の字が黒く塗られたといいます。原発は絶対事故は起こさないと強調し続けたその同じうそがまた繰り返される。憲法の解釈改憲はわたし。あなた。今。近い将来。未来。のすべてを変え、すべてを失うという意味。子どもが徴兵にとられるという意味。国民の命がなによりも軽くなるという意味。悲しみや憎しみでいっぱいの国になるという意味。