『貧困』を考える

2013年2月25日 01時23分 | カテゴリー: 活動報告

今日は東京マラソンの日らしい。私も1990年3月4日の千葉佐倉マラソンを走り、4時間4分28秒で完走というちょっと誇らしい記録があります。が!!当時はこんなにジョギングもマラソンも流行っていませんでした。私のジョギングコースは迎賓館の周り。約3.3キロをだいたい17分~18分で3周走っていました。朝6時台には当時信濃町に住んでいた金哲彦さんに電話して「いいよ」といってもらった時は図々しく私のペースでジョギングに付き合ってもらっていました。狛江に引っ越してきた1990年の暮れから初めての選挙に出る2007年くらいまでは気持ちよく多摩川べりを走っていたのですが、ここ数年あまのじゃくな私はすっかり走るのをやめてしまいました。流行ったものが嫌いと言っても『反原発・脱原発』で何万のふつうの市民がデモに行くなんていうのはもっともっと勢いがついてほしいですが。(それから、狛江ランチ逸品コンテストで1位に輝いた、私たち家族が開店からずっと行きつけにしているレストラン「プティクー」のすばらしさ、おいしさを知ってくれ、多くのお客さんが至福の時を過ごしているのも例外、とってもうれしいですよ~)

と余談に花が咲いてしまいました。走る、泳ぐはけっこうハマっていて好きだったので・・・。

昨日は生活サポート基金主催のフォーラムに参加しました。反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏の基調講演と埼玉大教授がコーディネーターをし弁護士、公認会計士、ワーカーズ・コレクティブネットワークジャパン事務局長がパネラーのディスカッション。貧困とはただ貧乏なだけでなく孤立した状態との定義だそうです。そしてだれも悪意はないけれど不利で困った状況になっている待機児問題も介護離職も未婚問題も『社会的排除』なのだということ。そしてこの行きつく先の一つの状態に貧困があるのです。これは誰の身にも起こりうることで他人事と考えず「私たちひとりひとり被害者であり加害者である」という認識と自覚をもつことが、まさしく社会的排除を回避するための一歩になるとのことでした。

今、狛江でもたくさんの一戸建てやマンションができ、みんな借金をします。一生で一番高価な買い物といわれる家。心をこめて誇りを持ってつくってくれたのだろうか、ローンを組む時の相談は借りる側にたって親身にしてくれたのだろうか、買った家具は安かろう悪かろうではないか、職人たちは日本人であろうと外国人であろうと満足した仕事をし納得のいく賃金を受け取ったのだろうか・・・。そういった目に見えないプロセスに想いを馳せて丁寧な生活をつくっていくこと。それがお互いをたいせつにすることであり、持続可能な社会に転換できる契機になるのでしょう。超少子高齢社会の将来推計人口のデータは他ならぬ内閣府が示したもので、あらためて見るとあまりのショックで我が家の21歳、中高生には見せられないほど絶望的な数字であり、これに原発・放射能の始末まで『おまかせ』するのかと思うと申し訳なさすぎてどうしたらいいかわからない。国民の本当の生活を知ろうともしない政治家がいう経済成長はなめた言葉だ。でも私たちは生きている限り生活を投げ出すことはできない。