福島の人たちの声を聞こう

2013年2月18日 23時27分 | カテゴリー: 活動報告

昨日は国立で行われた『原発の町を追われて~避難民・双葉町の記録』という堀切さとみさんのドキュメンタリー映画の上映会に出かけました。あまりの衝撃が私の体中を駆け巡り、今日まで何度も何度も繰り返し、双葉の人たちの映画の中の表情や言葉を思い出してはため息。知らなかったではすまされない!!東京住人の『私』に対して罪の深さにやりきれなさと強い怒りを覚えました。

福島第一原発のお膝元にあり、2011・3・11直後、全世帯が避難勧告を受けた双葉町。事故から二週間後、町は役場機能を埼玉県加須市に移し、廃校になった旧騎西高校を拠点に避難生活を始めた。日本初の原発避難民。放射能から逃げるしかなかった人々。「俺たちはどうせ忘れられていくのさ」という避難民のつぶやき・・・。四月。騎西高校には双葉町民のおよそ二割にあたる1400人が避難生活を始めていた。東京では脱原発のデモが起こっていたが、原発と共に暮らした町民の心境は複雑だ。原発を信じてきたこと。何もかも失ったこと・・・。いつ帰れるかアテもない中で、避難民たちはそれぞれの思いを語りはじめた。毎日のように、ボランティアや有名人によるイベントが行われていたが、避難してきた人たちは何もすることがない。そんな中、双葉町民は遠い埼玉の地でふるさとの盆踊りを再現させるが、不自由で先の見えない避難民の生活は変わらない。

本当にたいへんなことが起こってしまった。恐ろしいものを作ってしまった。一番そのことを分かってもらわなくてはならない人たちは全然知らんふり、どころかなかったことにしようとしている。小泉進次郎ほか若手自民党国会議員が避難地域を視察する報道をテレビで見ました。バスの中では多くの議員が神妙な顔でマスクをしていました。放射能が怖い?!線量の高い危険なところに2年も暮らしている福島の人たち。愚かなエゴが生み出した原発。遅すぎるとせず、東京の人たちはエゴを捨てて共生の道を選んで歩み始めようではありませんか。