去年までとは違う、65年目の終戦記念日に思うこと

2010年8月15日 19時11分 | カテゴリー: 活動報告

戦争を知る人たちが語りはじめた本当の戦争とは

 今年、この数年とは違う今日を迎えました。終戦から65年、今までずっと心に秘めたまま誰にも言わなかった人たちが次々にあの時のことを話し始めてくれているように思えます。今自分が言わずにいたら、なかったことになってしまう・・・そんな思いからか重い歴史の証言がされています。その言葉から聞いたほうも目の前に地獄絵が浮かぶような、すさまじい証言です。
 マニラでお世話になった日本人男性は戦争の最前線を進み、終戦をベトナムでむかえ、イギリス軍の通訳もしていました。戦後多くの仲間を失ったアジア諸国を息子さんとめぐり、侵略して残酷なことをしたアジアのどこかで罪滅ぼしをして暮らすことを決め、フィリピンを選んだをいうことでした。その人が「戦争で弾にあたって死んだやつはが運いい、ほとんどは餓死か病死、後は怖くなって汽車から飛び降りたとか自分で死んだんだ。」たんたんと語ってくれました。今日の新聞もそんな投書や記事でいっぱいです。
 その方は長女が1歳過ぎの5月、がんで日本に戻って入院していましたが、平然とがんを受け入れ凛とした態度でお見舞いに行った私たちと接してくれました。「病院で洗濯していると誰の看病ですかと聞かれるんだよ。」と笑っていましたが、その後まもなく亡くなりました。見事な人生だったと印象深いです。
 戦争はどの人も傷つける。なのに、どうしていつもどこかで戦争が続いているのか。日本でも、2度と戦争を繰り返してはならないと体験者が語ってくれています。私たちも聞いた責任として戦争を語り継ぐ使命をもったことを自覚したいものです。

丸木位里、俊夫妻の絵本。丸木位里氏の母、スマさんは「原爆は災害とは違う。ピカは人が落さにゃ落ちてこん」という名言を残しました。