狛江の子どもたちが芝生で思いっきり遊ぶ日を夢見て

2010年1月23日 18時58分 | カテゴリー: 活動報告

総務文教委員会で杉並の和泉小を視察させていただきました!!

 昨日、学校の芝生化を狛江でもすすめるため、東京ではいち早く、2001年4月校庭芝生化から取り組み始めた杉並区を訪ねました。狛江からは関係する行政職員と私たち委員など総勢20人。
 一番強く感じたこと、それはお目にかかって話を聞かせてくださった杉並区職員と学校の校長や副校長には理想と理念があり、意志と信念と夢があろこと。それを受け止めた私まで心が洗われる想いでした。発想の転換を促されました。
 例えば、私たちは芝生化のいろいろな困難やデメリットを知りたがり、それを先駆者がどう超えたか結果を聞きたがり、失敗をしない方法を安易に見つけたがっていました。その考えがまず間違いだったとわかりました。芝を「守り育てる」ことは子どもを、地域の人と関係を育てることであって、芝生をきっかけに自分たちが育てたいと長年思い続けたものと「守り育てる」のです。このことを私は出会った皆様から学びました。
 転げまわり、寝そべり、身体をくっつけあって、のびのび遊ぶ子どもたちの元気な笑顔!情景を思い浮かべる・・・。そんな大人の熱い気持ちの結集が和泉小の今とつながっているんです。管理費は年間400万円。大変だ?いや、夏にしか使わないクーラーを普通教室に付ければ費用は7000万円。それをせず管理費の20年分に。そんな優先順位を納得できる発想の転換。養生期間は使えない校庭。大縄跳びや綱引きができない芝生。その欠けた、足りないところがかえって大切なんだと教えられました。工夫したり、なぜなのか考えたり、他を頼ったり助けてもらったり。「うちだけがよければいいとは思えないんです。もっと芝生を広げたいですね。」 副校長先生のその話を聞いて私は「おおきな木」のシェル・シルバーシュタインの「ミッシング・ピース」という絵本を思い出しました。おおきな円が自分の欠けている「ピース」を求めて旅をします。どれもこれも違っていてがっかり。とうとうぴったりなピースに会って本当の完全な円になれるんだけど、すごいスピードで転がってしまい旅を楽しめなくなって・・・。やっぱりもとの欠けて自分に戻るという話です。
 私たちは人と助け合って生きている。欠けた部分を認め合って、自分と人に優劣はない。狛江では何を守り育てるために芝生化を展開するのか。少なくとも大人の都合、手段には、そういうお粗末なことにはしたくないと思います。