初めての受験を体験

2007年3月5日 19時38分 | カテゴリー: 子ども

期待するのは子どもを主体者として育む教育

 
 我が家でもはじめての“受験シーズン”を過ごしました。今年になってからは中3の娘も目標に向かって努力の日々でした。何よりも自分で決めたことを自分の内面の葛藤を抱えつつやり遂げようとすることは、苦労ではなく大切な試練です。自分の弱さを直視したり、自分を励ましたりしながら、仲間との連帯感や他の人への感謝や思いやりも生まれ、確実に成長できる人生のチャンスなのかもしれません。その過程が明日への自信になれば結果を受け入れることもおとなへの一歩です。我が家では受験生だからとの特別扱いはナシでした。(右上の写真は斎藤次郎さんを囲んでの懇談「子育ては自分育て」)

 安倍総理は教育の改革を声高に叫び、国権の介入を強めようとしています。でも、子育て中の母親としては現場の先生たちは窮屈な管理された中でも子どもたちが基礎学力をつけるために工夫しているように見えます。教育の中身は親や市民が決めることです。国が本当にしなければならないのは教師たちが自由な発想と意思でのびのびと働くことができ、子どもたちが平等な参加を保障されることなど環境の整備をすることなのではないでしょうか。時代に逆行する“美しい国”は誰のためでしょう?

 子どもが主役の学校にするためには、子どもの可能性を最大限に信じるおとなのあたたかい心と眼差しが必要です。教育評論家の斎藤次郎さんが「子どもを大切にしない社会に未来はない」と言い切っています。この言葉を重く受け止め、誰にとってもやさしい社会を“自分発”で提案し、大勢の人と実現していきましょう。私はまず、子どもの話に耳を傾けることから始めたいと思います。
(写真左 フィンランド・障害のある子どものインクルーシブ教育 地域の保育園でみんなと一緒に、でも特別なニーズへの手厚い支援
写真右 多文化共生を目指す 一緒には暮らせない日本人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれたJFC(ジャパニーズフィリピーノチルドレン)と一緒に踊る吉野芳子)